近年、ゲノム解析技術は急速な進歩を遂げ、ヒトの個人の全ゲノム情報はわずか数日間で決定することが可能となりました。それに伴い医学、医療も大きな変化を遂げ、個人のゲノム情報に基づいた診断により体質や病状に適した効果的な治療・予防を目指す取り組みが進んでいます。私たちの研究室ではゲノム情報を含む様々な生体データの統合解析から、疾患の発症メカニズムの解明と理解を目指した研究をすすめています。
研究室で学べること
東京薬科大学では次世代シークエンサー(NGS)という全ゲノム解析や網羅的な遺伝子発現解析できる最新のゲノム解析機器が導入されています。そして、それを活用し、ゲノム情報の解析スキルを持った「社会で活かせる医学分野のデータサイエンス教育と人材育成」を推進しています。
2003年にヒトゲノム計画が完了してからまもなく20年の節目を迎えます。この20年でゲノム解析技術は爆発的な進歩を遂げ、NGSを用いることで研究者は容易にDNA、RNA、エピジェネティック修飾など、網羅的な生体データを取得することができるようになりました。個人のゲノム配列が容易に解析でき、今では単一遺伝子疾患患者のゲノム配列を決定し、その疾患原因遺伝子を同定するまでを24時間以内に終えることができるほどその処理能力が上がっています。最近では、シングルセル解析によって、個々の細胞集団の多様性を明らかにしたり、そのデータから擬似的時系列解析によって細胞分化過程を描写する、といった時間を超えた解析、空間トランスクリプトーム解析によって、組織切片を使って切片画像の上にその遺伝子発現情報を重ねて表現するようなイメージング技術に代わる解析など、様々な解析技術が開発されています。このような技術の進歩によって、これまでの研究デザインからは全く予期できなかった新たな仮説を見いだすことも可能となりました。
また、NGSは我々の生活をも変えようとしています。NGSは新たに医療機器としての役目を担い、特にがんゲノム医療としてのがん遺伝子パネル検査、未診断・希少疾患における疾患原因遺伝子の同定で成果を上げていますし、SRAS-CoV-2の変異の同定がNGSで迅速に実施されています。ゲノム医療の実現により個人の遺伝情報の違いに基づいた最適な治療を選択することが可能になるなど、今後、医療におけるゲノム情報の活用がさらに広がっていくことが予想されます。さらに、その対象は患者のみではなくなってきています。一部の医療機関では人間ドッグのオプション検査において遺伝学的検査が実施され、健康な人においても個人の疾患リスクを知り、疾患の発症を予防すること、ゲノム情報から薬剤副作用のリスクを知り、将来の副反応の予防や最適な治療法を選択すること、などを目的とした予防医学としての活用が始まっています。
以上のように、NGSが社会における役割を持つようになり、ゲノム解析に関連する市場規模予測も右肩上がりで、ビジネスとして見ても重要な産業となっていくことが予想されますが、このような市場の動向において、問題となっているのがゲノム解析およびそのデータ解析の技術を持った人材の不足です。社会で活躍できる人材を育成する役目を持った大学において、ゲノム解析、データ解析といった社会で今必要とされている人材育成は急務であると言えます。本学のように国内の大学の中でも学部生から研究にNGSを使うことができる環境はまれであり、本学の特徴の一つです。一般的に、試料からのライブラリ調製やNGSの操作(WET)はテクニカルスタッフや専任オペレーター、ゲノムデータ解析(DRY)はデータサイエンス教育を受けたバイオインフォマティシャンが担当するという分業が多いため、DRY担当はそのデータがどのようにして産出されたかを知らない、WET担当はデータの解析についてはあまり関与しない場合が多いです。その両方を理解し、解析できるスキルを持ち合わせることで現場を広い視野で統括できる人材を育成しています。